レオナルド・ダ・ビンチ、エジソンと紹介してきたが、日本にも偉大な人がおる。「野口英世」じゃ。彼の名前を知らない人はいないじゃろう。でも、「どんなことをした人?」と聞かれると意外と分からないものじゃ。
今回は「野口英世」について授業をしていくことにしよう。
ところでパルルくん、「野口英世」というとどんなイメージを持つかな?

うーん、やっぱり「左手のやけど」ですね。
あと、医学者だったんですよね。でも具体的にはどんなことをした人なのか分かりません。

多分、そうじゃろうと思ったわ。
では野口英世がどうしてここまで有名になったか、話すことにしよう。
実は、左手のやけどががきっかけで医学者の道を歩むことになったのじゃが、彼は日本では、あまり大きな研究をしていなかったのじゃ。

え、どうしてですか?
彼は「順天堂病院」や「伝染病研究所」など当時は最先端の研究所に勤めていたんだよ。


当時の日本は学閥主義(がくばつしゅぎ)と年功序列が当たり前でな、実験用のモルモットや顕微鏡さえ触らせてもらえなかったんじゃ。つまり、日本では彼のように学校を出ていない人はどんなにできても認めてもらえなかったのじゃ。

ひどい話ですね。

結局は、日本ではまともな研究成果はなくてな、
それで、ある人を頼ってアメリカへ渡ったんじゃ。

フレキスナー博士のところですね。
フレキスナー博士とは博士が日本にきた際に英世が通訳したことで知りあったんだけど、その時に「アメリカへくることがあったら私のことを訪ねなさい」という「社交事例」のような言葉を真にうけて アメリカへ渡ったんだそうです。


突然の事だったので、最初は小間使いのようなことが中心じゃった。しかし、段々と努力が認められてフレキスナー博士とミッチェル博士との共同研究に加えてもらって、「蛇毒」についての研究をしたんじゃ。いまでこそ蛇に噛まれたら血清は当たり前じゃが、その時に彼がその血清を発見したんじゃ。これで一気に有名人になったのじゃな。

まさに「アメリカンドリーム」ですね。

「蛇毒」についての成果はそれだけでなくてな、これがきっかけで、日本の帝国大学医学部から医学博士の学位を贈られたのじゃ。大学にいけなかった者が博士号を取得したんじゃ。

あとは、「梅毒の純粋培養」じゃ。当時はおそろしい伝染病でな、彼が梅毒の純正培養を成功させたことで、梅毒の正体を解明できたのじゃ。世界中の細菌学者や医学者がチャレンジしてもダメだったものを、一人の日本人が成功させたのじゃ。

もう一つは「黄熱病の病原菌の発見」なんじゃが…
ただ、黄熱病の病原菌は完全には解明まではできなかったんじゃがな。
それでも、南アメリカの黄熱病については英世が作ったワクチンが効果があったんじゃ。このワクチンは「野口ワクチン」と呼ばれてな、多くの人の命が助かったんじゃ。

え!?多くの人の命が助かったんですよね。なぜ解明できなかったのですか?

実はな、「野口ワクチン」はアフリカの黄熱病には効かなかったのじゃ。
それを確かめにアフリカに渡ったのじゃが、本人が黄熱病にかかって亡くなってしまったんじゃ。

そうだったのですか。
黄熱病や野口ワクチンについては後で詳しく授業をしてくれるそうです。

ところでワーク博士は何の研究を?

「………」

聞かなきゃよかった。
それでは、また来週!!


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